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うつ病と表現

うつ病に陥ると分かることだが、平常時の脳は、幾重の防御壁のようなもので守られており、それによって平常心や自信を保っているという事が分かる。しかし、それが保てなければ、この世界こそが地獄であることに気がついてしまうかもしれない。精神の中に残された自分らしきものは弱弱しい小さな軟体のようなイメージであり、あらゆる思考活動からも精神は攻撃されている状態に陥る。その状況により、身体的にも異変が起こり、死んだ方が楽だろうという状態にまで追い込まれる。
経験の無い方によっては、それは精神力が弱いからだろうと思う方もいるかもしれないが、そもそも、その精神力とやらの壁を取り払われた状態がうつ病だと思ってくれたほうが想像しやすいだろうか?要は、脳内物質の消費によって、脳はあらゆる攻撃から身を守っているとも言える。その中にあるコアのようなものが強靭な人間など、おそらくはいないだろう。もはや、その脳内物質は、まともに脳を守ってくれないのだ。

ただ、この経験が、ぼく自身に対して、すべてマイナスであったか?に関しては、少し考えるところがある。おそらくは、防御されている精神のコアらしきものは、普段は外界からガードされているがゆえに鈍感な状態に陥っており、うつ病下だからこそ見える世界というものがある。それは、ある意味、このように文面にでも残しておかなければ、忘れていくようなものだとも認識している。言わば、夢のように忘れていくのである。その時、世界をどのように感じていたのか?に関して言えば、まさにそうだ。対して、単純に苦しかったという感覚的経験は、外傷が痛かったという感覚のように残っているのである。人間の危険回避本能なのか?危険な状態というものは記録されて残っているのだ。

精神のコアのようなものが恐れているのは、悪意のようなものかもしれない。悪意というものは、他者からの事もあるが、うつ病下では、むしろ自分の中にある悪意の正体を見る事になる。もはや、他者からの、ある種の情報を受け取る事も困難であり、善意も悪意も届かない状態とも言える。
思い返してみると、自分の悪意が、自らを攻撃するような状況に陥っていた。過去の記憶も、実体験も含めた自らが作り出したイメージであり、それが自分を攻撃してくる。自らが広げた風呂敷のようなものも、現状の弱いコアのようなものからすれば、将来解決しがたい問題として未来の不安として襲いかかってくるのだ。その中でも最大の悪意は、自らの存在価値の否定ということになる。もはや、それは、完全に知覚化された何かであり、それが、ダイレクトに脳内を攻撃してくる。

その状況下においても、精神状態はまったくの異常事態だとしても、経験的記憶のようなものは、普段のぼくと同じものを共有しているというのが重要なところだろうか?急性期時は、絶対に無理だが、その数日後には、ぼくは、意外にも絵を描こうとしたりした。しかし、それが危険な行為だというシグナルも来るというか、波のように巨大な不安が襲ってくるのである。絵というものは、ある意味、外傷の原因として、PTSDのようなもの?としてインプットされてしまったのかもしれない。異常状態に陥るので、絵を長期間にわたり描くことができなくなった。
仮にだが、うつ病かどうかはさておき、今後、これまで築いてきたものが崩れてしまった事による自信の喪失のようなものは大きかったかもしれない。ぼく自身を支えてきたものは、実績そのものに他ならない事に気がついた。それが失われたぼくという存在は、ぼくにとっても意味は無いものになったのだ。

ここまでの経験から分かるのは、その自信というものは、或いは写真で実績を重ねる事で取り戻せるのかもしれない。しかし、それは脆いものなのだ。
一つ言えることだが○○が無い自分には価値が無いと思わない事であり、そう思わせるような環境からは逃げた方が良いということだろうか?親子関係の時代から、今に至るまでだが、”これ”が分からない、或いは”これ”ができない人間は、居させない、認めてやらないというような環境が引き起こすのは、自らの価値の喪失のようなものだといえる。それが続けば、他人の言葉の中にしか、自らの価値が無いという状態に陥る。その環境下にある人は、無意識に同じ行為を他人に対して行う事が多いかもしれない。事実を言えば、とくに他人より何かができなくても何ら恥じる事でもなければ、負い目を感じるものでもない。そもそも、日本人は人目を気にしすぎる。
事の問題の本質は、自分の中にこそ存在する。ここを見過ごせば解決不可能になるだろう。自らの価値を安易に他人に委ねてはならないのだ。

2017年ごろまでアニメーション等の映像作家 その過酷さから病気に倒れ、限界を感じた事から、その後写真作家に転身 イメージフォーラム・フェスティバル、バンクーバー国際映画祭、オーバーハウゼン国際短編映画際、タンペレ映画祭、キヤノン写真新世紀 LensCulture 等で発表。 写真関連は、初の写真作品で、キヤノン写真新世紀2019年度グランプリ受賞。東京都写真美術館で個展、LensCulture Art Photography Awards 2022 LensCulture Emerging Talent Awards 2023 にて Jurors’ Picksなど NHK ドキュメント20min.「蟻(あり)と人間とぼく アーティスト・中村智道」で紹介される 尚、写真等の無断使用はお断りいたします。一言ご連絡ください。 お仕事のご相談など、気楽に、ご連絡ください。 e_mail:nakamura.tomomichi@gmail.com

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